脳外科領域の中でも脳卒中に関する医療ミスは後遺症の問題もあり、取り返しのつかない結果に至ることが少なくありません。ここでは脳卒中のひとつである脳梗塞について、見落としの原因や実際の医療訴訟の事案を考察していきます。
「脳梗塞」で見落とし
事故が発生する原因
脳の病気を調べる代表的な検査はCT、MRIの2種類で、どちらも体内の断面を画像として描出する検査です。それぞれに特徴がありますが、大きな違いは、CTは放射線(X線)を利用した検査であり、MRIは磁場と電波を利用した検査であることです。そして、実は脳卒中の診断には断然といっていいほどMRIのほうが適しています。
いわゆる脳卒中には「脳梗塞」「脳出血」「くも膜下出血」の3つがありますが、中でもくも膜下出血はハンマーで殴られたような激しい頭痛を伴うことがほとんどで、他の2つとは症状が少々異なります。しかし脳梗塞や脳出血は手足の麻痺や話しにくさ、意識障害など共通する症状が多く、診察だけでは区別ができません。
脳梗塞を疑う場合
なぜCTを撮影するのか
MRIは脳梗塞、脳出血、くも膜下出血を正確に診断できますが、CTの場合は画像の特性上、特に初期の脳梗塞を正確に診断できないことも多いのです。
その医療機関にはCTしか設置されていない、という場合は仕方ありません。脳梗塞だと確定診断ができなくても、治療が遅れたり見落としたりするよりは、まずは脳梗塞の治療を最優先でスタートさせるべきです。
また、MRIはCTよりも検査時間がかかるという問題もあります。MRIは強力な磁場を発しているので、ペースメーカーなど体内の金属の有無や、貴金属類や電子機器の持ち込みなどを検査前にチェックしなければなりません。撮影そのものにも15分から20分程度の時間がかかります。
一刻を争う脳卒中への対応にとって、この時間はかなり長いといえるでしょう。そして検査時間が長いということは、1日の撮影件数にも限りがあるということです。
緊急の患者さんを優先するにしても、その時に別の患者さんが撮影中なら終わるまで待たなければなりません。それなら早く検査できるCTを、というのも無理のないことだといえます。脳梗塞で見落とし事故が発生する要因のひとつに、こうした事情もあるのではないでしょうか。
「脳梗塞」の見落としの
証拠となるもの
とはいえ、それでもMRIを撮影すべきともいえるのです。発症したばかりの脳梗塞は、一定の時間内に血栓溶解剤を投与して脳血管を再開通させることで予後の改善が期待できます。したがって、脳梗塞の患者さんにMRIを撮影せず帰してしまうと、後に紛争に発展する場合があるのです。
紛争においてMRIの検査義務が認められるためには、身体の左右どちらかの麻痺症状や感覚障害、意識障害、言葉が出ない、物や人の顔を認知できないといった症状のほか、Early CT sign(アーリーCTサイン:脳梗塞の発症から数時間という超急性期にみられる特徴的なCTの画像所見)などの診療記録や画像データといった証拠がどの程度認定されるかが重要になってきます。
実際にEarly CT signが確認された事案において、公的鑑定でMRIを撮影すべき義務を認めるという鑑定結果が出されたことがあります。つまり、脳梗塞の見落としが過失と判断される可能性が高いということなのです。
【参考】脳梗塞の種類
脳梗塞は、血管が詰まる部位や詰まる原因によっていくつかに分類されます。
アテローム血栓性脳梗塞
動脈硬化の進行によって血栓ができて血管が詰まったり、血栓が血管の壁からはがれて脳内の深い部分の血管を詰まらせたりすることで発症する脳梗塞です。アテローム(粥状硬化)とは、血管の内側に悪玉コレステロールなどの脂肪が粥状に蓄積し、血管が硬く狭くなっていくことを指します。
心原性脳梗塞
心臓でできた血栓が血流に乗って脳まで運ばれ、血管を詰まらせることで発症する脳梗塞です。以下で紹介している事案は、この心原性脳梗塞の予防における治療管理が不適切だったものと考えられます。
ラクナ梗塞
脳の深い部位に発生する小さな脳梗塞のことです。脳の奥には太い血管から枝分かれした細い血管が巡っており、この血管の先が詰まってしまうのがラクナ梗塞です。ちなみに「ラクナ」とはラテン語で「小さなくぼみ」という意味です。
BAD(ビーエーディー)
アテローム血栓性脳梗塞とラクナ梗塞の中間的なイメージの脳梗塞がBADです。正確には「Branch Atheromatous Disease」ですが、適切な日本語訳がないので医療の現場ではそのままBADと呼ばれています。ラクナ梗塞よりも根元に近い血管が詰まるため比較的大きな脳梗塞となり、麻痺やしびれなど重い後遺症が残ることも多くあります。
【参考】
TIA(ティー・アイ・エー/
一過性脳虚血発作)
TIAは何らかの原因で脳の血流が不十分となり、一時的に脳梗塞のような症状が出現する病態を指します。多くの場合は24時間以内に症状が消失しますが、TIAの見落としが過失と判断された裁判例もあります。
脳卒中治療ガイドラインによると、TIAを発症して平均1日後に治療を受けた場合、90日以内の大きな脳卒中の発症率は2.1%とされており、事案によってはTIAを見落とした過失と脳卒中の後遺症との因果関係が認められ、高額な賠償請求に至る可能性も考えられます。
「脳梗塞」の見落としで
医療訴訟に発展した事案
心房細動の持病を抱えていた患者の事案です。
脳梗塞などの合併症を予防するため、定期的な通院で抗凝固薬「ワルファリンカリウム」による抗凝固療法(薬剤で血液の凝固能を低下させ、心臓や血管内に血液のかたまりができるのを防ぐ治療法)を受けていました。
当初は約70日間ごとに凝固能検査を受けていましたが、医師の指示で約140日間に一度という頻度に変更されたところ、患者は脳出血を発症して亡くなってしまったのです。
遺族は診療内容に問題があると考え、医師の責任を追及するため弁護士に相談しました。
脳ヘルニア/意識障害における医療ミス(医療過誤)
解決までの詳細
当サイト監修「弁護士法人ALG&Associates」が行った対応
- 弁護士は任意開示によって医療記録を入手、担当医に責任があると判断しましたが、調査段階で相手方が非を認めない態度を示したため訴訟に踏み切りました。
- 担当医には1ヵ月に一度の頻度で凝固能検査を行うべき注意義務があり、この義務を履行していれば患者の凝固能が適正値を逸脱していることを速やかに把握できたはずです。処方していた抗凝固薬を減らすなど、適切な対処も取り得たでしょう。訴状では患者の死亡は回避できたとして、不法行為または債務不履行に基づく損害賠償を求めています。
- 第1準備書面(相手方の主張に対する認否や反論、自己の主張を展開する書面)では相手方の主張に反論すべく、抗凝固薬のインタビューフォーム(製薬企業が作成する総合的な情報提供書)等を提示し、凝固能検査の頻度が適切ではなかったという本質的な問題を訴えました。
- さらに複数のガイドラインを用いて相手方が根拠とする証拠の価値に疑義を呈し、患者の凝固能と脳出血に因果関係があることも主張したのです。
- この書面が当方に有利な心証の形成につながったのか、裁判所から相手方に責任があることを前提とした和解勧告が書面で出されました。
医療訴訟において、有責を前提とする書面による和解勧告というのは非常に珍しいケースです。提訴してから約2年2ヵ月、結果として当方に有利な内容で訴訟上の和解を成立させ、和解に成功しています。
結果とポイント
- 医療記録から担当医に責任があると判断
- 凝固能検査の頻度が適切ではないという本質的な問題を主張
- 裁判所は相手方の有責を前提とした和解勧告を提示
- 和解金:500万円
この事案を担当した
弁護士法人ALG&
Associatesについて
「脳梗塞」見落としによる医療訴訟が難しい理由
医療訴訟において医師の過失、つまり注意義務違反が認められるのは、たとえるなら“10人の医師がいれば、8~9人は同じ判断をするだろう”と思われることがなされなかった、という状態です。脳梗塞の見落としでいえば、ほぼすべての医師が精密検査を行うような症状なのに、それをしなかったという事実が必要ということです。もちろん脳梗塞の典型的な症状であれば、当然精密検査を行うべきでしょう。ただ、はっきりした症状がなく精密検査をしなかった場合、過失の立証は難しいかもしれません。
「医師が詳しく検査しなかったから脳梗塞を見落とされた」と考える気持ちはよく理解できますが、そういったケースの多くでは過失が認められていないのです。
「脳梗塞」における病院の診断義務とは
厳密にいうと医師法上では「診断義務」という言葉はありませんが、適切な検査を行った上で治療を開始しなければならないということでいえば診断義務(診断を確定させようとする義務)があることは間違いないでしょう。
脳梗塞は脳神経外科の領域では一般的な病気であり、前述のようなはっきりした症状がみられないケースはともかく、典型的な症状であれば専門医はもちろん、非専門医であっても診断すべき病気です。実際に脳梗塞の前兆発作を見落とした非専門医が損害賠償を命じられた事例も存在します。

