重大な心臓疾患を指摘された生後3ヵ月の女児。人工心肺を使用した大がかりな心臓手術を受けましたが、実際にはその病気は存在せず、女児は低酸素性虚血性脳症を発症、重大な脳障害を起こしてしまいました。両親は医師らの注意義務違反を主張して訴訟を起こします。
心臓手術後の低酸素性虚血性脳症で、子どもに脳障害が残った事例の【要点】
先天性心疾患を抱えた当時生後3ヵ月の女児が心臓手術を受けた結果、手術後に低酸素性虚血性脳症を発症したことで重篤な脳障害が残存したことに対し、病院の医師が手術前の検査や脳モニターの使用、人工心肺回路の調整を怠ったことが原因だと主張して原告が訴訟を起こした事案です。本事例は残念ながら棄却されています。
- 賠償金:0円
東京地裁の判決ポイント
- 人工心肺管理による心臓手術を受けた結果、重篤な脳障害が残存
- 手術前・手術中の対応に関して担当医の注意義務違反があったと主張
- 裁判では担当医の法的責任が認められず、損害賠償請求は棄却
低酸素性虚血性脳症による脳障害における
解決までの詳細
- 原告女児は2010年9月5日に出生、その20日後に心雑音を指摘され、数回の心エコー検査で心房中隔欠損症(ASD)、心室中隔欠損症(VSD)、うっ血性心不全、肺高血圧症と診断。
- 診断の後、診療の場は慶応大病院に移ります。
- 慶応大病院での心エコー検査の結果、原告女児には大動脈肺動脈窓(APW)の存在が疑われ、人工心肺を使用した心臓手術を実施。
- しかし手術の結果APWは存在せず、原告女児は手術後に低酸素性虚血性脳症を発症。
- 退院時には四肢の麻痺、体幹の筋緊張低下などの重篤な脳障害を残していたのです。
原告側の主張と動き
原告の両親は法定代理人として、担当医らが手術前に改めて心エコーを実施しなかったこと、手術中に脳モニターを使用して脳の状態をモニタリングしていなかったこと、そしてモニタリングを怠ったために人工心肺回路の調整も行わなかったことなどに対する注意義務違反を主張し、訴訟を起こします。
特に大きな争点となったのは、APWの存在です。APWは稀な疾患であり、心エコー検査による鑑別が困難であることが知られています。病院に転院する前には一度も指摘されたことはなく、本事案では実際にAPWは存在しませんでした。APWの手術では人工心肺回路(送血カニューレ)の挿入部位によって脳への血流を妨げる恐れがあり、APWの存在は慎重に確認しなければなりませんでした。
しかし、手術はAPWの存在を前提として実施されたのです。
裁判所の考えと判決
原告の主張に対し、病院は女児の心不全が極めて重篤だったため、APWの存在の有無にかかわらず、救命のため速やかに手術を行う必要があったと反論。心エコー検査は診断の面から必ずしも有益性は高くないことに加え、手術前の追加検査は女児の身体に大きな負担を与える可能性があり、手術中の目視によってAPWの存在を確認することにした判断には合理性があるとしました。
また、脳モニターの信頼性には懐疑的で、実際に心臓手術を実施している多くの医療機関でも使用は一般的ではないこと、人工心肺回路を手術中に調整することは重大なリスクを伴うことなども主張しています。
本事案には、多くの鑑定人(第三者である医師)が専門的な立場から様々な意見を寄せていますが、原告の主張を決定づけるには至りませんでした。特に脳障害の原因は鑑定人の意見が一致せず、不明とされたのです。
裁判書(判決文)には「人体の複雑さは無限であるのに対し、人知は有限であり、これを前提としたときに、病院の医師らに注意義務違反があったとはいえない以上、被告に対して法的責任を追及することはできない」と記されました。
両親の悲痛な願いにもかかわらず、本事例では被告側の過失は否定され、損害賠償請求は棄却されています。

