重篤な後遺症が残る可能性が高い脳出血。「血圧が高かったから」「動脈硬化が進んでいたから」という原因もありますが、治療中の経過観察ミスが原因で起こる脳出血もあるのです。ここでは脳卒中のひとつである脳出血について、治療の経過観察との因果関係や実際の医療訴訟の事案を考察していきます。
「脳出血(頭蓋内出血)」における病院の経過観察
ミスが発生する原因
脳出血は脳卒中の一種で、脳の血管が破れてあふれ出した血液がかたまりとなって周囲を圧迫し、思わぬ障害を引き起こします。多くの場合、発症時には激しい頭痛を伴い、半身麻痺などの重い後遺症をもたらすことも多くあります。
脳の血管が破れてしまう原因の多くは高血圧で、脳の血管が血圧によって内側から圧迫され、裂け目ができて出血します。動脈硬化も脳出血の原因と考えられ、もろくなった血管が血圧に耐えきれなくなり、出血を起こしてしまうのです。
脳出血の意外なリスク
抗凝固薬や抗血栓薬、俗に「血液をサラサラにする薬」といわれているものは、脳出血の意外なリスクとして挙げられることもあります。血栓が脳の血管に詰まると脳梗塞を起こし、心臓の血管に詰まると心筋梗塞を起こします。このような病気を防ぐために血液を固まりにくくするのが抗凝固薬や抗血栓薬です。
動脈硬化や不整脈の治療や予防を目的として、高齢者を中心に多くの患者さんがこの薬を処方されています。では、なぜこのような薬が脳出血のリスクとなるのでしょうか。
血液をサラサラにして固まりにくくさせるということは、万が一血管が破れたら出血も止まりにくいということを意味します。この薬を飲んでいる患者さんの多くは高齢者であり、血管がもろくなっているので、脳の血管が少し破れただけでも大きな出血につながってしまう可能性は捨てられません。
つまり、“血液をサラサラにする薬”を飲んでいる場合は適切な頻度で凝固能(止血する能力)をチェックする必要があるともいえます。
脳出血は医師の
適切なタイミング判断が重要
経過観察ミスによる脳出血で訴訟に至った事案には、抗凝固薬や抗血栓薬を服用している患者さんに適切な検査を行わず、凝固能が基準値を逸脱したことで脳出血に至ったケースが多いのです。
また、脳出血の発症は不可抗力だったとしても、適切なタイミングで治療を開始しなければ経過観察ミスだと判断される場合があります。基本的に脳出血は速やかに治療を開始しなければなりません。
まずは出血を止めたり再出血を予防したりするために、薬剤による速やかな血圧低下を試みます。脳がむくむ「脳浮腫」が生じている場合は、脳圧を下げる薬剤を使用します。脳内にできた血腫が大きく症状が強い場合は手術が必要です。
具体的には、頭蓋骨を切り外して血腫を取り除く方法か、頭蓋骨に小さな穴を開けて血腫を吸い取る方法のいずれかが選択されます。
脳細胞は再生できないので、脳出血で手足の麻痺などが残ればリハビリが必要になりますが、一般的には治療開始が遅れるほど麻痺などの後遺症は重くなると考えられます。もっと早く治療を開始していれば重い後遺症が残らずに済んだかもしれない、そんな場合は病院側の経過観察ミスが疑われるかもしれません。
【参考】脳出血の種類
脳出血は、血管が破れた部位によって症状が異なる場合があり、いくつかに分類されます。
被殻出血
被殻(ひかく)は大脳の奥深く、脳のほぼ中央部分を指し、脳出血では被殻の血管が破れるケースが多いと考えられています。発症すると激しい頭痛のほか、左右どちらかの半身が麻痺を起こす「片麻痺」や、顔の半分がゆがんで動かせなくなる「顔面神経麻痺」などの症状がみられます。
視床出血
視床(ししょう)も脳のほぼ中心に位置し、痛覚や視覚、聴覚、味覚、身体のバランス感覚などを大脳の感覚中枢に送る中継基地のような存在です。視床出血は被殻出血に次いで多く、頭痛や片麻痺、顔面神経麻痺のほか意識障害も起こります。
皮質下出血
頭頂葉や前頭葉、側頭葉など大脳皮質の下で起こる脳出血で、いずれも頭痛や片麻痺、感覚障害などをもたらします。片目もしくは両目の視野の半分が損なわれる「半盲(はんもう)」といった症状もみられます。
小脳出血
大脳と脊髄をつなぐ脳幹の後ろ側に位置するのが小脳で、ここで出血が起こると頭痛や嘔吐などの症状が現れます。小脳は運動機能を司っているため、うまく立ち上がれない、歩けないといった「運動失調」をきたす場合もあります。
橋出血
大脳と脊髄をつなぐ脳幹は、脳が処理した情報を脊髄に伝達して実際に身体を動かす役目を持っています。橋(きょう)は脳幹の一部で、顔の筋肉や眼球を動かすほか、呼吸の調整にも関わります。橋出血が起こると頭痛や片麻痺、意識障害のほか、手足の麻痺といった症状も現れ、眼球の向きが左右バラバラになる「外転神経麻痺」がみられる場合もあります。
「脳出血(頭蓋内出血)」の経過観察ミスで医療訴訟に発展した事案
僧帽弁逆流症の持病を抱え、過去に手術(僧帽弁置換術)を受けていた患者の事案です。患者は手術後から抗凝固薬「ワルファリンカリウム」による抗凝固療法を継続していましたが、両足のかかとの周りに発疹が現れ、皮膚科を受診したところ「多型滲出性紅斑」と診断され、セフェム系抗菌薬を処方されます。
その後、患者のPT-INR(凝固能を示す数値)は徐々に上昇、基準値を大きく逸脱した9日後に脳出血を発症し、常時介護を要する状態になってしまったのです。
患者のご家族は診療内容に問題があると考え、弁護士に相談しました。
脳出血/抗凝固薬における
医療ミス(医療過誤)事案解決までの詳細
当サイト監修「弁護士法人ALG&Associates」が行った対応
- 弁護士は任意開示によって診療録を入手、調査によってワルファリンカリウムとセフェム系抗菌薬を併用した場合に起こるPT-INR上昇の機序などの医学的知見を得ました。
- 検討の結果、医師が凝固能を適切に管理するという注意義務を怠ったことで脳出血を発症した可能性が高いと判断。
- 相手方病院に損害賠償請求を通知し、訴外交渉を開始。その後、約2年にわたって交渉が続けられました。
- 詳密な訴外交渉文書によって、相手方は民事訴訟に発展すると敗訴するリスクを認識し、最終的には和解が成立。
結果とポイント
- 凝固能が基準値を逸脱したことで脳出血を発症
- 併用注意の薬剤使用による凝固能の異常を指摘
- 相手方は敗訴のリスクを認識、交渉による和解が成立
- 和解金:1億2,000万円
この事案を担当した
弁護士法人ALG&
Associatesについて
「脳出血(頭蓋内出血)」見落としによる
医療訴訟が難しい理由
脳神経外科の領域に限らず見落とし事故に共通することですが、過失の立証には「平均的な医療水準であれば見落とすはずのないものを見落とした」という事実が必要です。
確かに脳出血は重大な病気ですが、中には症状が軽いケース、ほとんど自覚できないケースも少なからず存在します。極端な例ですが、「何となく調子がよくない」と伝えただけで医師が脳出血を疑うかといわれれば、決してそうではないでしょう。「ちゃんと検査してくれれば、脳出血を見落とされることはなかった」という訴えには、このような検査時の背景があるはずです。
はっきりした症状が出ていれば別ですが、はっきりとは脳出血を疑えないような症状では、過失の認定につながりにくいケースもあると考えられ、訴訟が難しくなることも考えられるでしょう。
「脳出血(頭蓋内出血)」における
病院の
診断義務とは
厳密にいうと医師法上では「診断義務」という言葉はありません。しかし、適切な検査を行った上で治療を開始することが求められるという意味では、医師(病院側)に診断義務(診断を確定させようとする義務)があることは間違いないはずです。
脳出血における診断義務とは、他の病気と同じく症状に応じた適切な検査を行い、正確な診断のもと治療を開始する義務だと言い換えられます。もし明らかな脳出血の症状があるのに検査を怠ったということであれば、それは診断義務を果たしていないといえるでしょう。

