医療分野の中でも、とりわけ医療ミスが重篤な結果を招きやすいといわれる脳神経外科の領域。医療事故による訴訟も後を絶たず、多くの患者さんやご家族が長い裁判と向き合っています。実際にどのような訴訟が起こっているのでしょうか。
医事関係訴訟事件の状況
90年代の終わりから国内では重大な医療事故が頻発し、大きな社会問題に発展しました。中には行政処分や民事訴訟だけではなく、刑事訴訟に発展した医療事故もあり、国民も大きな関心を寄せたことは記憶に新しいところです。
一般的に医療訴訟は患者さんにとって裁判の負担が重く、場合によっては医療事故の原因を究明しきれないこともあります。一方で医療機関にとっても、万が一刑事責任を問われるようなことがあれば医療現場が萎縮してしまうという懸念があり、近年では患者側も医療機関側も専門家の分析や再発防止策の立案に係る制度が求められています。その結果のひとつが「医療事故調査制度」なのでしょう。
医事関係訴訟事件の新受件数(平成4年~令和4年)

こうした背景の中で、医療事故による紛争の解決を推進する仕組みとして、裁判外の制度が設立・運用されるようにもなりましたが、新規に受け付けられる医療訴訟の数は依然として減少する気配がありません。
2000年代の初め(平成12年以降)にみられたような急激な件数の増加があるわけではないにしろ、ここ数年でも年間約700件の事案が新たに発生しています。
医療関係訴訟の平均審理期間の推移(平成4年~令和4年)

裁判の期間でみてみると、令和3年における平均審理期間は27.5ヵ月、解決までに平均して2年以上の時間を要していることがわかります。つまり、いったん裁判を起こすと長期にわたって向き合う必要があるということです。平成11年に遡ると、当時の平均審理期間は34.5ヵ月ですので、以前に比べると審理期間は短縮傾向にあるようです。
医療訴訟は双方の主張に基づいて事実関係を確定させ、事故当時の医療水準に相応しい対応がなされていたかどうかを審理するものです。非常に複雑な調査が必要にもなるため、やはり短期での解決は難しいといえるでしょう。
脳神経外科領域で起こり
得る医療ミスとは?
脳神経外科領域における医療ミスは、患者さんの予後に重大な影響をもたらすものです。そもそも外科は「萎縮医療」といわれるほど訴訟リスクの高い診療科とされ、中でも脳神経外科は一般外科よりも訴訟に至りやすい疾患が関わってきます。
実際にそういった研究を行った論文*も存在し、それによると医療事故の対象となった疾患は脳動脈瘤が多く、次いで脳腫瘍、脳動静脈奇形(AVM)という結果が出ており、いずれも手術操作に関する医療ミスが多いようです。
医療ミスが起こり得る
執刀医の判断
たとえば脳動脈瘤に関する医療ミスでは、不適切なクリッピング(脳動脈瘤の根本をクリップで挟んで、破裂や出血を止める治療*)による血流障害や、過度の脳圧迫、血管の損傷、不用意な手術操作による神経の損傷のほか、頭蓋骨の穴を開ける位置を間違えるという確認ミスなども存在します。
また、脳動脈瘤の手術では、一定の頻度で手術中の破裂が起こるのはやむを得ないとされますが、それを想定して脳動脈瘤よりも心臓側の血管にいつでも一時的にクリップをかけられるよう想定しておくのも執刀医として基本的なことだと考えられます。
これは脳神経外科領域に限ったことではありませんが、医師の不注意が関与する医療ミスは病院側の過失が明らかなことが多いものの、患者さんやご家族も「納得ができない」「許せない」「こんなことが起こるなんて信じられない」と感じるものでしょう。たとえば、手術部位の誤認や薬剤の取り違え、ガーゼの置き忘れなどは、その最たるものです。
医師の不注意かどうか
見極めるには専門家に相談を
医療ミスの存在が見えにくいケースでは、事故が執刀医の不注意によるものなのか、やむを得ないものなのかを見極めることは非常に困難です。ましてや、医療の専門家ではない患者のご家族が判断するのは極めて困難ですので、少しでも医療ミスを疑うのであれば、医療に精通した弁護士に相談すべきです。
手術操作に関する医療ミス以外では、説明義務違反を指摘するケースも増えています。医療の世界ではインフォームド・コンセント(説明を受け納得したうえでの同意*)の重要性がしばしば語られていますが、それが十分になされず、治療に対する患者さんの自己決定権を侵害している事案も後を絶ちません。
また、緊急時にすぐ対応できる体制が整っているか、時間帯に関わらず患者の変化に対応しているかなども、脳神経外科領域における医療訴訟では重要なポイントになってきます。
脳神経外科領域での
医療ミス「訴訟例」を解説
当サイトでは、最高裁判所のHPから閲覧できる領域ごとの医療ミス事例を調べ、以下にまとめています。各裁判所の判断や解決までの詳細などを、わかりやすい表現を心がけて紹介していますので、ご家族のケースに近い事例をぜひご参考になさってください。
脳ヘルニアを発症し、
意識障害が残った事例
脳膿瘍を脳腫瘍と誤診して適切な治療の開始が遅れた結果、脳ヘルニアを発症して意識障害などの後遺症が残ってしまった事例です。本事例では被害者が若い研修医だったこともあり、将来的な逸失利益(事故がなければ得られたと考えられる将来収入)を踏まえた高額な損害賠償請求が認められています。
術中にくも膜下出血を発症し、脳死状態後に亡くなった事例
軽度のくも膜下出血に対する脳血管内手術を受けた女性が手術中に再びくも膜下出血を起こし、脳死状態を経て亡くなってしまった事例です。本事例は一審で棄却されましたが、高裁では医師の過失が認められ逆転、損賠賠償請求が認められています。
術中にくも膜下出血を発症し、
脳死状態後に亡くなった事例を見る
経過観察ミスにより、低酸素
脳症に陥り亡くなった事例
統合失調症の持病がある男性がくも膜下出血で入院しましたが、適切な経過観察がなされないまま鎮静剤の副作用で低酸素脳症に陥り、数年後に亡くなってしまった事例です。本事例は関与した医療スタッフの注意義務違反により、損害賠償請求が認められています。
無痛分娩の麻酔ミスで、
母子が障害を負った事例
無痛分娩の際に医師の不適切な麻酔が原因で、母体は心肺停止による重篤な脳障害をきたし、赤ちゃんも仮死状態で生まれてきたという重大な医療ミスの事例です。本事例は医療機関側の過失が明らかで裁判所も注意義務違反と判断し、損害賠償請求が認められています。
手術後の低酸素性虚血性脳症で、子どもに脳障害が残った事例
重大な心臓疾患を疑われた生後3ヵ月の女児が人工心肺による大がかりな手術を受けた結果、その疾患は存在せず、手術後に低酸素性虚血性脳症を発症して脳障害が残ってしまった事例です。本事例は原告の主張を立証するまでに至らず、残念ながら損害賠償請求は棄却されています。
手術後の低酸素性虚血性脳症で、
子どもに脳障害が残った事例を見る
頭痛を訴えた子どもが、
脳梗塞を発症し亡くなった事例
頭痛を訴える子どもが「もやもや病」による脳出血と診断され、入院中にけいれん発作を起こすも適切な対応を受けられずに広範囲な脳梗塞を発症、亡くなってしまった事例です。訴訟は双方の主張がぶつかり合うも第三者医師の意見が決め手となり、損害賠償請求が認められています。

