将来ある若い研修医が脳膿瘍を発症、治療にあたった医師の対処が遅れたことで寝たきりになってしまったという残念な事案です。裁判では3億円超という極めて高額な賠償判決が下されたことが世間を驚かせました。
脳ヘルニアを発症し
意識障害が残った事例の【要点】
患者は脳膿瘍に起因する脳ヘルニア(脳内の腫れや出血によって脳圧が高くなり、脳内のすき間に脳組織の一部がはみ出してしまう状態)を発症し、意識障害等の後遺障害を残すに至りました。病院の医師らは、患者の脳膿瘍を疑って直ちに治療等を開始すべき注意義務があったのにこれを怠り、その結果患者の脳膿瘍が悪化して重篤な後遺障害が残存したとして、原告側が訴訟を起こした事案です。
- 賠償金:3億2,714万4,245円
鹿児島地裁の判決ポイント
- 脳膿瘍を脳腫瘍と誤診して治療が遅れ、症状が悪化し寝たきりに
- 被告側は「脳膿瘍と診断するのは困難だった」と主張するも退けられる
- 裁判所は「直ちに治療していれば後遺症を避けられた」と判断
脳ヘルニア/意識障害に
おける解決までの詳細
- 原告男性は2007年当時、研修医として鹿児島生協病院に勤務していました。同年12月10日、原告は3日前からの頭痛を訴え、同院内科を受診します。
- さらに翌11日、左手の感覚麻痺も出現したため再度同科を受診、担当医はCT検査の結果などから脳腫瘍を疑い、原告を同院に入院させると同時に鹿児島大学病院に専門的な診察を依頼しました。
- 翌12日、原告は鹿児島大学病院を受診します。担当医は悪性脳腫瘍(膠芽腫:グリオブラストーマ)の可能性があると診断しましたが緊急手術が必要とは判断せず、そのまま原告は鹿児島生協病院への入院を継続することになります。
- しかし同月16日、原告は意識を失って昏睡状態となり、再び鹿児島大学病院に緊急搬送されました。
- 初診時とは別の医師が診察した結果、脳膿瘍による脳ヘルニアと診断、緊急開頭手術が実施されましたがすでに遅く、原告には意識障害や運動障害などの重篤な後遺症が残ってしまいました。
原告側の主張と動き
原告は、上記2病院の医師は原告の脳膿瘍を疑って直ちに治療を開始すべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠った結果、脳膿瘍が悪化して重篤な後遺症が残存するに至ったと主張し、訴訟を起こします。
被告側は、細菌感染の兆候が見られなかったこと、画像診断上は悪性脳腫瘍(膠芽腫)との鑑別が困難であることから、原告の脳膿瘍を診断することは困難であったと主張しました。しかし、原告のMRI及びCT画像では脳膿瘍を強く疑う所見が認められ、一般的に脳膿瘍であっても感染症症状がみられない例も多いことから、脳膿瘍の可能性を否定できる材料は存在しないと考えられました。
さらに原告のMRI画像に示された病変では、脳膿瘍が脳室に穿破する危険が切迫していたことも指摘されています。そのような状況では、脳膿瘍に対する治療が逆に生命を危険にさらす可能性がない限り、確定診断に至らなくても直ちに脳膿瘍に対する治療を開始すべきであったと判断されたのです。
裁判所の考えと判決
裁判では、こうした諸々の事情を踏まえ、原告の病変が脳膿瘍であるとの強い疑いを持って直ちに治療を開始していれば、脳ヘルニアの発症と後遺障害の発生を避けることができたと認められました。事実、一般的に脳膿瘍は適切な治療を受けることで患者の70%は予後が良好であるとされており、予後が不良となる例は脳ヘルニアを発症したケースであることが知られています。
本事案では原告に脳ヘルニアが生じたのは診察から4日後であり、診察の時点では発熱や炎症反応、痙攣、意識障害といった脳膿瘍の症状はみられず、抗菌薬を投与して効果を待つ時間的余裕もありました。
また、脳膿瘍では原因となる細菌が特定できる前でも経験的に投与される抗菌薬があり、原告に生じた脳膿瘍の起因菌にも結局は効果があったことを踏まえると、診察の時点で抗菌薬の投与や手術を行っていれば、原告の症状が進行して脳ヘルニア及びそれに伴う後遺障害の発生を避けることが十分に可能であったと判断されたのです。
本事案は3億円超というきわめて高額な賠償金の支払いが命じられていますが、原告が医師であること、発症当時まだ25歳であったことから2億円を超える逸失利益が算出されたのがその大きな理由だと考えられます。

